発達障害者ふくの徒然草

発達障害者であるふくの個人的な障害特性に伴う困り感やそれに対してどうアプローチして緩和させているかを徒然なるままに書き留めています。

小説『定型発達症候群』8

 

前回

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わたしは診断後、徐々に大学へ行かなくなった。

 

実際に障害があると診断されることのショックは想定以上のものだった。

 

そして、診断前よりも定型発達症候群について本やインターネットで調べることが増えた。

 

ほとんど一日中インターネットで定型発達症候群に関するサイトをむさぼるように読んでいた。

 

 

そして、大学を中退した。

 

気づけば中退してしまっていた…

というほうが正しいかもしれない。

 

大学入学直後から続けていたアルバイトも辞めてしまった。

大学近くにあるので、実家からは行きづらい。

 

また、定型発達症候群について知っていくうちに、アルバイト先でも迷惑をかけていたのではないかという不安が日に日に大きくなっていった。

 

アルバイト先でも馴染めなかったような気がする。

 

わからない。

 

とにかく頭の中が混乱してしまっているので、大学もアルバイトもやめてしまった。

 

 

そして、実家の自室に引きこもっている。

 

 

わたしの大学中退を、母も父もあまりよくは思わなかった。

 

とはいえ、母だけは、気力と体力を消耗させながら、虚ろな目で本やインターネットを見ている私を見て、仕方がないと思っているらしく、何も言ってこなかった。

 

 

父は猛反対だった。

 

とはいえここ最近は仕事が忙しいらしく、あまり顔を合わすこともないので、助かっている。

 

父の会社の経営状態は傾きつつあるらしい。

会社は希望退職を募ったり、人員削減に乗り出そうとしている。

 

 

父は必死だった。

 

これが社会のレールからはみ出さないように生きるということなんだろう…

高校,大学,就職へと無駄なく進み、キャリアを形成していくことこそが「普通の生き方」なのだ。

 

…と社会のレールから外れたばかりのわたしは思う。

 

 

ただ、このままではまずいなということは、わたし自身も感じていた。

 

今は母も父も健在だが、これから先、ひとりで生きていくことになるかもしれない。

もし結婚できたとしても、パートナーとの共同生活を送ることは、わたしにとって難しいだろう。

 

何にせよ、今のままでは引きこもりだ。

 

診断してくださった先生のところへ通院する日が唯一の外出日だ。

 

月に一度しか外に出ないというのは、ますます社会適応から遠のいてしまう…

 

だが、他に行くところも行きたいところもなかった。

そもそもひとりでカフェやレストランに入れない…。

 

 

次の通院日は…

来月か。

 

そのときに先生に相談してみよう。

 

 

 

「どうぞお入りください」

先生のやさしい声が聞こえた。

 

ここではことばを話さなければならないというプレッシャーを感じずに過ごせるので、とても助かっている。

 

 

「先月の通院日から今日までのあいだ、何か辛いことや不安に思ったことはありましたか?」

 

「あの…今、ほとんど引きこもり状態で。定型発達症候群のことばかり調べています。」

 

先生はいつものように、パソコンに入力していく。

 

「外出は先生のところへ来るときだけ。それ以外はほとんど自室にいます。このままではよくない気がします。」

 

 

先生はパソコンから顔を少し上げた。

 

「多くの定型発達症候群の方が、診断直後は、自分の障害について毎日たくさん調べてしまうようです。障害受容にとっては悪くないようにも思うので、わたしはしばらくは今のままでもかまわないと思うのですが…」

 

障害受容…

わたしは障害受容をできていないから、大学にもアルバイトにも行けなくなったのだろうか?

 

「あの…そのうち落ち着きますか?あの…調べる頻度が減ったりして、わたしも、その…障害受容ができるようになりますか?」

 

 

先生はななめ上のほうを見ていた。

考えているらしい。

わたしには障害受容ができるだけの強さがないのだろうか…

 

「障害受容は人それぞれですね。診断直後も以前と変わらず生活できる方もいらっしゃいますし、半年くらいかかって少しずつ自分の障害を受容される方もいます。また、いったん受容できたと思っていても、学校や職場で辛い思いをしてしまったときに、また障害受容が崩れてしまう方もいらっしゃいます。」

 

わたしはどうなんだろう。

いつか障害受容ができるのだろうか。

 

 

「あなたの障害受容に役立つかもしれない本があります。」

 

そう言うと、先生はメモ用紙になにかを書き始めた。

 

『みんなとはちがった人たち  定型発達症候群の英雄のこと』

本と歴史博物館

〇〇市△△町 1-1

 

このように書かれたメモを先生から渡された。

 

「もしかしたらこの本があなたの障害受容に役立つかもしれません。ひとりでこの博物館に入るのはしんどいかもしれませんが、優しい館長がいるのできっと安心して利用できると思います。」

 

たしかにひとりでこの博物館に行くのはとても不安だ。

おなかが痛くなってきた。

 

「またこの博物館にある本は借りることができますので、この本だけ借りてすぐに帰宅するのもいいと思います。」

 

それならなんとかがんばれそうだ。

ちょっと行って、本を借りたら、家に帰ればいい。

本は家でゆっくり読めばいい。

 

博物館までは少し遠かったが、引きこもりのわたしにとっては、いい運動になるかもしれない。

 

来月までにはこの本を読もう。

せっかく先生が勧めてくださったのだから、がんばりたい。

 

 

「じゃあ、また来月。お待ちしていますよ。」

 

わたしは先生に一礼をした。

 

 

 

この小説は、「定型発達症候群」というすでに存在していることばをもとに構成された、フィクションです。

「定型発達症候群」という障害は実際には存在しません。

 

参考文献

自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)

 

 

なのですが!

 

実際に私が先生から紹介していただいた本がありますので、ここで紹介させてください。

普段お世話になっている先生とは別の方です。

障害教育専攻の教授です。

 


みんなとはちがった人たち 自閉症の英雄のこと

 

おもにサヴァン症候群の方々が取り上げられていますので、

そんな天才の人たちの話を読んでも参考にならない。

…と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

実際にわたしも「発達障害者=天才説」を赤の他人から強く主張されるといやな気持ちになります。

 

ですが私はこの本に救われました。

また、実際にこの本をきっかけに、父が発達障害を理解しようとしてくれるようになりました。

「障害」ということばには、どうしても「できない」というイメージが強く結びついてしまう方もいらっしゃるのかもしれません。

父は、今までがんばってきた娘が「できない」と思われてしまうことがいやなようでした。

そんな父にとって、この本は価値観を変えるものだったのだと思います。

 

また、私自身もこの本を通して、一般的な人とはちがう独自の方法で活躍されている方々と出会えて、自分自身のオリジナルなやり方でもいいんだと希望がもてました。

 

 


発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい (シリーズ ケアをひらく)

 

もう一冊目は私と同じような人がいると思えた本です。

ひとりぼっちではないんだとほっとしたことを覚えています。

フラッシュバックに関する記述はとても参考になりました。

自分の障害特性についてもっと知りたいという方や、自分の障害についてほかの人に説明できるようになりたいと考えていらっしゃる方におすすめです。

 

 

 

物語の続き

heugbaeg.hatenablog.com

 

 

 

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