発達障害者ふくの徒然草

発達障害者であるふくの個人的な障害特性に伴う困り感やそれに対してどうアプローチして緩和させているかを徒然なるままに書き留めています。

小説『定型発達症候群』9

 

前回

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先生のメモを見ながら、目的地にようやくたどり着いた。

 

…たどり着いたのだろうか?

 

何度もメモの住所と建物近くの地名を見比べる。

 

携帯電話の現在位置は…

表示されていない。

 

電波の状態が悪いのかもうずいぶん前から携帯電話で位置情報を確認できなくなってしまっている。

 

ここで間違いないはずなのだが…

 

ぼろぼろだ…

今にもつぶれてしまいそうだ。

 

先生によれば、書店や学校では入手できない貴重な歴史的資料や書籍がここにはあるらしい。

 

こんなところに…?

 

建物には、ほとんど黒に近い緑の蔦が生い茂っている。

 

まるで廃墟のようだった。

 

ただ、建物の中央部には看板らしいものがかろうじて引っかかっており、

 

本と歴史博物館

〇〇市△△町 1-1

 

という文字が見えなくもない。

 

 

ここだろう。

 

わたしは怪奇現象などは信じない派だ。

定型発達症候群者の中には、占いや怪奇現象といった非科学的なものを信じてしまう人も多いらしい。

でもわたしにはこの特性はなかった。

 

別に扉が開かなければ仕方がない。

帰ればいい。

 

扉が開けば入ってみればいい。

この建物がもしも民家で、ここの住人に怒られてしまったら素直に謝ろう。

 

 

ギィィ…

 

 

ようやく見つけた入口らしき扉もなかなか開かなかった。

 

力を入れつつも、壊してしまったら…という不安からぎこちない姿勢になり、なかなか開けられなかった。

 

しかし、いざ中に入ってみると…

 

近未来のような世界観が広がっていた。

 

たくさんの機械があった。

新たな陸地探しや、歴史資料の発掘や保存、書籍の管理や貸し出し状況も、全て機械が行なっているようだった。

 

外装とのギャップの大きさに唖然とした。

 

 

それにしても…

 

管理者が見当たらない。

 

そもそも人が少ないのだが。

ただ、全くいないわけではなかった。

黙々と本を読んでいる人を数人見かけた。

 

が、管理者や学芸員のような人が見当たらなかった。

 

この博物館は無人なのだろうか…?

 

 

近くの機械が光を放ち、起動した。

わたしに反応したらしい。

この機械は館内の案内をしてくれるようだ。

 

…と言っても、別の機械についての概要ばかりだった。

 

本を探すための機械は一番奥,

貸し出し時に利用する機械は…

本の扱い方について説明する機械は…

 

 

覚えられない…

 

 

と思っていたら、館内見取り図を印刷してくれた。

 

 

とりあえず先生が勧めてくれた本をまずは手にとってみたい。

 

地図を見ながら、本を探してくれる機械へと向かう。

そして、「みんなとはちがった人たち 定型発達症候群の英雄のこと」と入力した。

これで何百万冊の本の中から探している一冊を探して出してくれるらしい。

 

 

…あった!

 

本を開いてみた…。

 

少し古びているが、本の中身は彩り豊かで、子ども向けの絵本のようだった。

 

とはいえ、情報量も充実しているようだ。

 

 

近くに机と椅子があったので、そこで少しだけ読んでから帰ろう。

 

せっかくわざわざ来たのだから、他の定型発達症候群に関する本もあれば借りて帰ろう。

 

 

この建物を見たときは不安しかなかったが、いざ入ってみると、先生のおっしゃっていた通り、定型発達症候群のことならなんでも教えてもらえそうな博物館だった。

 

 

『みんなとはちがった人たち 定型発達症候群の英雄のこと』の目次を見てみた。

 

いろんな定型発達症候群の方の名前が掲載されている。

 

みんな気になるが、この「食糧を運び続けた宇宙飛行士」というページが気になった。

 

この人のページだけ読んで帰ろう。

 

あっ、あとそれから、そのあとでさっきとなりの本棚で見かけた『定型発達症候群当事者研究』も少しだけ読んでから帰ろう。

 

定型発達症候群の診断以降、気持ちが塞ぎがちだったが、久しぶりにすっきりした気持ちになっている。

 

 

起きるのじゃ…

 

もう閉館するぞ…

 

目を覚ますのじゃ…

閉館時間は過ぎとるぞ…

 

おーい…

 

大丈夫かのぅ…?

 

 

「うわぁっ…!!」

 

おじいさんが私の顔をのぞきこんでいた。

 

「びっくりしたのはこっちじゃ…。」

 

そう言いながら、おじいさんは額の汗をぬぐっていた。

閉館前に人がいないかどうかを確認する機械があるが、いつもなら無反応な機械がわたしを感知し、ブザーを鳴らしたようだ。

そして、このおじいさんが何度も閉館アナウンスをしてもびくともしないわたしを迎えにやってきたというわけだ。

 

 

「後継者もおらんのに、今わしが倒れてしまったらどうするのじゃ…」

 

「後継者…?」

 

「そうじゃぞ。わしがこの本と歴史博物館の管理人じゃ。先祖代々、この博物館の資料を管理しておる。」

 

おじいさんは、胸を張った。

 

「お主!!わしのことをこの老いぼれに管理人が勤まるのかと馬鹿にしておるだろ?!顔を見ればわかるぞ!!」

 

確かに、わたしは少し心配していた。

ご高齢なのに大変ではないかと…

ただ、別に馬鹿にしていたわけではない。

そう思って弁解をしようとしたが…

 

「今、顔を見ればわかるって…」

 

「そうじゃぞ。わしは定型発達症候群者じゃからのぅ。お主もそうじゃろ?この博物館に来る人間はだいたい定型発達症候群の関係者じゃ。定型発達症候群について知りたいと思って足しげく通っておる利用者も少なくないぞ。まぁ、利用者の数は多くないから今年は補助金をもらえそうにないがのぅ…」

 

そう言って、おじいさんは少しうつむいた。

 

「とにかく帰るのじゃ。わしは睡眠時間を多くとらんと体が持たん。お主もそうじゃろ?定期発達症候群者は疲れやすいのじゃ。さぁ帰った、帰った。」

 

そう言いながら、追い出されてしまった。

 

このおじいさんとの出会いが、わたしの人生を大きく変えることになったが、このときはまだ知る由もなく…

 

 

真っ暗だ…

 

お母さんが心配しているかもしれないが、やはりここの電波は悪くメールをすることはできないので、駅に着いてからメールをしようと思いながら、暗い夜道を歩いて帰った。

 

 

 

この小説は、「定型発達症候群」というすでに存在していることばをもとに構成された、フィクションです。

「定型発達症候群」という障害は実際には存在しません。

 

参考文献

自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)

 

 

 

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