発達障害者ふくの徒然草

発達障害者であるふくの個人的な障害特性に伴う困り感やそれに対してどうアプローチして緩和させているかを徒然なるままに書き留めています。

【何者でもない人間が情報を発信することの功罪】発達障害者ふくとブログ

この記事は2020年1月18日に公開しました。

3300字程度です。

 

 

こんにちは。

 

最近あまり眠れていないふくです。

生活リズムがズレるだけならいいのですが(本当はよくない。)、睡眠が確保できないのは辛いです。

 

昨日は5時に就寝したものの6時過ぎまで眠れず9時前に目が覚めてしまいました。

 

 

3時間しか寝てないやないかーい(泣

 

 

ですが5時46分に黙祷できたので、その点はよかったです。

前日は阪神淡路大震災からちょうど25年でした。

 

【阪神淡路大震災を忘れない。】あれから25年… - 発達障害者ふくの徒然草

 

ただの惰性で生活リズムが狂ってるのかなと思っていたのですが、その他にも原因があるようですね。

 

 

本題へうつりましょう。

 

 

 

 

自分のブログがインターネットのゴミになる?

 

このブログを解説してからまだ半年も経っていませんが、もうすでに何度かブログをやめたいと思いました。

 

 

  • 書くことがない…
  • 書きたいことがうまくまとまらない…
  • アクセス数が少ないのに書く意味はあるのか…

 

 

…ブログ運営あるあるですね。

 

ですが、これら以外にわたしを悩ませていることがあります。

 

 

玉石混交のインターネットの中に…いや、ゴミ情報が多いインターネットの中に、さらなるゴミ情報を増やすのか?!

 

 

…というような趣旨の辛口ブログを読んだことがあります。

ソースが提供できずすみません。

 

 

衝撃でしたね。

 

 

わたしが書いている記事、もしかしたらインターネットのゴミかもしれない…

 

と思ったことは何度もあります。

 

アクセス数が少ないからとかそういう理由ではありません。

 

 

専門家でもない人間が、情報提供をする危うさのようなものを感じたのです。

 

 

なぜこんな風に感じたかというと…

 

 インターネットには大量の誤情報が含まれていることを体感してしまったからでした。

 

発達障害の診断を受けた直後、発達障害について何も知らないわたしは、血眼になってインターネットやら本やらを漁りました。

 

毎日毎日発達障害のことを調べていましたね。

発達障害者あるあるです…

 

 

ただ、毎日毎日発達障害について調べているとあることに気づいたんです。

 

 

発達障害に関するインターネットの記事、うそ多くない…?

 

 

大型書店や大学図書館などで、発達障害に関する専門書や学術書も読んでいたので、インターネットの情報の薄っぺらさやとんでもない間違いに気づくことも多かったです。

そのたびにイライラしていました(笑)

 

 

こうした経験があるからこそ、わたしがブログを書いていいのか、つまり情報提供側になってもいいのだろうか?

 

…という不安は常にあります。

 

できるだけ間違った情報をお伝えしないように気をつけてはいます。

 

 

正論の大量生産に辟易…

 

また、自分が抱えている問題についてなんとかしたいと思ってインターネットで調べてみても、似たようなきれいごとばかり書かれてあったりするんですよね。

 

発達障害について調べていたときもそうでしたし、ブログ運営について調べていたときもそうでした。

 

 

発達障害について調べると…

 

  • 本人の得意なことを生かせばいい!
  • 周りの人たちに障害を理解してもらうことが大切!

 

…いやだからそのための具体的な方法が知りたい。

 

 

ブログ運営について調べると…

 

  • とにかく100記事書いてみて!
  • 続けることが大切!

 

…100記事書いてみましたが、さまざまなブログで書かれていた「世界が変わる」みたいな現象は残念ながら起きませんでした。

あとだいたい似たような本ばかりを紹介されてる。

イケハヤさんとか…

池田勇人首相ではなかったんですね(情弱

 

 

伝え続けることの大切さ

 

うんざりするほど似たようなブログがたくさんあるのならば、もはやブログ自体が今後淘汰されてしまうかもしれないと思ったこともあります。

 

 

  • これ、わたしじゃなくても書けるよね?
  • わたしのこの記事、他の人がもっとハイクオリティですでに書いているのでは?

 

 

…と何度も思ったことがあります。

 

 

実は昨日の阪神淡路大震災に関する記事も書くかどうか悩みました。

 

 

災害によって大切な人の命が奪われる悲しみや、地震に備えることの大切さを、何者でもないわたしがあえて発信することの意味はなんだろうかと…

 

 

阪神淡路大震災のことを知っている人はたくさんいますよね。

わたしよりも当時神戸に住んでいた方々の話を聞いたほうが何万倍もためになる気がします。

 

ですが、この考えは少し間違っていることに気づきました。

 

 

今の若い方々は、阪神淡路大震災を知らない方々が多いそうです。

 

昨日の記事で、阪神淡路大震災が発生する前と比べて、今どう変わったかについて少し触れたと思います。

 

【阪神淡路大震災を忘れない。】あれから25年… - 発達障害者ふくの徒然草

 

わたしにとっては阪神淡路大震災が教訓になっているんだなと実感できるものばかりなのですが…

 

今の若い人たちにとっては生まれたときから存在している地震対策なので、特に驚きはないのかもしれません。

 

 

別にそれは問題ないのでは?

 

 

…と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 

ですが、わたしの場合は、実際に怖い体験をして、変化を感じ取ったからこそ、なぜ震度5以上の地震でガスが自動で止まるのか、食器棚のとびらがスライド式になったのかを理解することができました。

 

 

こういう実際に体験したことはやっぱり発信していかないといけないと思いました。

 

わたしが発信しなければならないではなく…

 

 

わたしも発信しなければならないのです。

 

 

東日本大震災をきっかけに各携帯会社さんが安否確認できるシステムを導入されましたよね?

 

そのほかにも東日本大震災をきっかけに新しい技術が生まれた例はたくさんあると思います。

 

 

ですが、もし誰も東日本大震災について語らなくなってしまったら、東日本大震災の25年後の2036年には東日本大震災についてあまり知らない若者が増えると思います。

 

さまざまな人たちが実際に体験したことを伝え続けなければ、風化してしまうかもしれません。

 

だから、たとえ似たような情報であっても、わたしが体験したことや感じたことを発信することが必要なときもあるのだと思いました。

 

 

何者でもない人たちが発信することの功罪

 

ブログやtwitterなどには拡散力があります。

 

この拡散力が思わぬ悲劇を生むこともあると思います。

 

フェイクニュースや他人の文章をコピペ(コピーアンドペースト)することで、大儲けしている方もいらっしゃるそうですね。

 

なんと!

この弱小ブログも知らない方にコピペされていました…。

エゴサしました(苦笑

 

 

その方はどうやらはてなブックマークの新着などを狙って、さまざまな方々の文章をコピペしてツイートしているようでした。

その目的は、おそらくいいねや新規フォロワーさん獲得のためでしょうね。

 

 

本当にいやな世の中だなと思います。

 

 

なぜいいねほしさに他人の文章を丸ごと盗むのか…

意味がわからないです。

承認欲求もこじらせると大変なことになるんですね…

 

 

まぁ…

使い方によっては傍迷惑なブログやtwitterなのですが…

 

 

これらのシステムを生かすも殺すも私たち次第なのかもしれません。

 

 

わたしのような多くの何者でもない人たちのそれぞれの体験に関する発信が、阪神淡路大震災東日本大震災をはじめとする災害の風化を食い止めるかもしれない…

 

昨日はそんな風に思いました。

 

 

本音を言うと、ブログの収益化は非常に魅力的です。

 

お金めっちゃほしい!

職場の対人関係に悩みたくない!

カフェで甘いコーヒーでも飲みながらブログをまったり書いて暮らしたい…

 

また、そのために努力をし続ける人たちをわたしは尊敬します。

 

でもその一方で、アクセス数や収益化に目が絡んでしまってはいけないなとも思いました。

 

何者でもない人間が、自分の実体験を基にして次世代に伝えていきたいことを語り継ぐための手段としてのブログはとてもいいと思います。

 

 

わたしなりに真剣に取り組んでみます。

でもたぶん近いうちに折り紙とかイラストの記事も書きます。

一人でも笑顔になってくれたらうれしいです。

 

 

 

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