前回
初めての病院。
緊張する。
でもインターネットでも評判が良かったからきっと大丈夫。
どうぞ!
お入りください。
先生の声がした。
「はじめまして。定型発達症候群かもしれないとお悩みのようですが…具体的にどのようなことで困っていますか?」
やさしそうな先生で安心した。
でも、私は一体何に困っているんだろうか…?
あんまり考えてこなかったな…。
「えっと…とにかく自分は他の人とちがう感じがします。他の人とうまくコミュニケーションがとれません。それで…あの………」
先生は特に相づちを打つわけでもなく、ただ私の言ったことをパソコンでメモしていく…
パソコンのキーボードを打つ音だけが響いていた。
カタカタカタ…
ことばをもっと話さなければ…
カタカタカタ…
ことばをもっと使わなければ…
この先生にもわかってもらえない…
どうしよう…
目の前にティッシュを渡された。
「…今までとてもご苦労されてきたんですね。」
私は気づかぬうちに涙を流していたようだった。
泣いている理由を話さなくちゃ…
どうして泣いているんだろう…
「定型発達症候群の方の中には、ことばがうまく出てこない方も多いです。あなたが定型発達症候群かどうかは詳しい検査などが必要ですが、とりあえずここではことばを無理に話そうとがんばりすぎないでください。」
そう言って先生は目を細めた。
あっ…
よかった。
ことばがうまく出てこなくても、怒られたりしないのか…。
「あなたは私の顔をよく見ていますね。」
あっ、しまった!
あまり顔を見ると失礼だ。
「顔を見るという行為は長所でもあります。顔を見ただけで相手の気持ちが少しわかるというのはすごいなと私は思います。」
…そんな風に言われたのは初めてだった。
私の他にも顔を見て相手の気持ちがわかる人はいるのだろうか?
「定型発達症候群の方は、顔を見たり、話し声の高さや速さなど、ことば以外の要素をたくさん受け取って、相手とコミュニケーションを取ろうとします。健常者にはわかりづらいのですが、見えない努力をたくさんされています。」
…私のような人は私だけではなかった。
私のように生きている人はいるんだ。
私も努力をしていると思ってもいいの?
「あなたが定型発達症候群かどうかは現段階ではわかりません。まずはこれから2週間に一度こちらへ来ていただけますか?」
この先生なら、
この先生なら、
私のことをわかってくれるかもしれない!
「はい!よろしくお願いします!」
この小説は、「定型発達症候群」というすでに存在していることばをもとに、構成されたフィクションです。
「定型発達症候群」という障害は実際には存在しません。
参考文献
自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)
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